一種の天才ではないだろうか
”柳生の五味”として有名な著者だが、無駄がなく情景がありありと浮かんでくる文章表現力は山本周五郎にも匹敵し、堅く格調高い漢文調の文体は池宮彰一郎さんをはるかに凌いでいる。しかも前述二名の先生のように説教臭くないのが更に良い。「柳生物」「剣豪小説」というカテゴリーにとらわれず、より多くの読書家に読んでもらいたいと思う作品です。
「一刀斎は背番号6」収録
剣の描写が非常にリアルで読むものをぐいぐい引き込んでいく。五味康祐が剣豪小説ブームを引き起こしたというのも理解できる。とはいっても、著者の古風な文体は読むものを選ぶであろう。そこで、本作。異色作の「一刀斎は背番号6」が含まれている。 これだけは現代(といっても昭和30年代)を舞台にしているので、文体も現代調。一刀斎の技(?)も冴えわたる。まずはここからはじめてみてはいかがだろうか?
こ、これは!!すごい。
書きたい事がありすぎて何から書いていいやら。 まず始めに、あの阿佐田哲也氏がこの五味氏の「喪神」を読んで 「凄い人が現われたと思った」との話を読んで手に取ったのがキッカケでした。 阿佐田哲也とは、少年マガジンで連載中の「哲也」の基になった人であり、 戦後の動乱を博打でしのいで育った人である。 そしてそれは彼の著「麻雀放浪記1〜4」(←最高)などでも世に知られている。 その阿佐田氏が薦めたのだ。 だからこの二人の描く物語・人物・テーマにはどこか共通点がある。 それは「人に勝つこと・人と争うこと」に対する阿佐田氏の見ている点と五味氏の見ている点です。 古くから剣術世界にある話で、 剣の奥義・絶対の境地のヒントが描かれているといわれる 「猫の妙術」とゆう話をご存知だろうか。 (ヤフー等で検索すればすぐ見付かると思います。短い話ですから) 猫の妙術にもこの五味氏の「喪神」は通じるものがある。 五味氏は「兵法書」を良く読み知っていたと感じます。 彼の作品には武道の目指す所や、勝敗の際どい分かれ目、 そして負けるとはただ死ぬ事である、とゆうテーマの物が描かれてあり、 そこが阿佐田氏の描く話のテーマと共通するのです。 短編ですが、各話によっては序盤が退屈に感じる所もあるでしょう、 しかし五味氏の話の1番面白い所はその話の終わりにあると思ってください。 そしてその話のシメ方に上に書いたテーマが込められているのです。 コレに比べたら司馬遼・池波の剣術話は浅い。 彼等は武士の話を描きながら、 武士の愛読した「猫の妙術」などの兵法書を読んだ事がないのではないか、 そして彼等自身が「修羅場」を潜ったことがないのではないか、と思ってしまう。 話は反れましたが、☆5つでなく☆4つなのはこの小説が娯楽書というより 「猫の〜」等の兵法書的要素の方が濃い、からである。
新潮社
剣法奥儀―剣豪小説傑作選 (文春文庫) 柳生武芸帳〈下〉 (文春文庫) 柳生武芸帳〈上〉 (文春文庫) 剣聖―乱世に生きた五人の兵法者 (新潮文庫) 柳生非情剣 (講談社文庫)
|